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病気は気から、心不全はお口の健康から

前回、高血圧と心不全の関係についてご紹介しました。今回は「心不全はお口の健康から」、つまり心不全と口腔ケアやオーラルフレイルとの関係についてご紹介します。日本の人口は年々減少し、65歳以上の高齢者が爆発的に増加しています。これに伴い高血圧、糖尿病などの生活習慣病の罹患率が増加し、その終末像である心不全の患者数が著しく増加していきます(心不全パンデミック)。癌患者さんであっても分子標的薬が進歩しているため、癌の管理より高血圧などの循環器疾患の管理が生命予後の延長に重要になってきています。

さて、高血圧は生活習慣病と言われるがごとく、降圧には塩分制限(6g/日)が重要ですし、肥満や糖尿病ではカロリー制限が重要となります。これは心不全においても同様なのですが、高齢心不全患者で果たして塩分制限やカロリー制限をどんどんやった方が良いのか、これは実はそうでもなかったりします。

実際に高齢者で過剰に塩分制限すると、食欲が減退することがあります。また、血中の塩分濃度が低下する低ナトリウム血漿は、心不全において独立した予後不良因子となり、できるだけ避けなければいけません。また、カロリー制限についても、心不全患者では安静時の消費カロリーが健常の人に比べて高いことが報告されており、通常の摂取カロリーだと不足している可能性が考えられていました (Pasini, E. et al Am. J. Cardiol. 2004, 93, 41A–43A.)。しかし、それが日本の心不全患者さんに当てはまるか、さらに摂取カロリー不足が心不全の寿命に影響するかは分かっていませんでした。

最近、北大に在籍中に関わっていた多施設臨床研究の結果が報告され、この疑問が解決されました(Obata Y et al.  Nutrients 13: 2021.)。本邦における心不全患者においても、十分なエネルギー摂取が行われている患者さんは75%程度にとどまり、約1/3の患者さんがエネルギー摂取不足という驚きの結果でした(下図参照)。特に男性では摂取不足の傾向にありました。

また、適正なカロリーを摂取している患者さんでは、死亡や心不全による再入院の回避率が高く、特に適正カロリーの60%を下回る患者さんにおいては、適正な患者さんと比較し、約8倍も死亡や心不全再入院のリスクが高いことが明らかとなりました(下図参照)。つまり予想していた通り、心不全では過度のカロリー制限は長期的な予後にはむしろ悪影響を及ぼす可能性があります。

 

この研究結果は過去の報告と一致しており、心不全患者さんでは必ずしも‟肥満”が悪いわけではなく、体格指数(BMI)が23.5 kg/m2以上の患者さんでは、20.3 kg/m2未満の患者さんより生存率が高いことが報告され、‟obesity paradox” と言われています(Hamaguchi S, Tsuchihashi-Makaya M,Circ J 74: 2605-2611, 2010.)。

心不全はそもそも癌や呼吸器疾患と同様に病状が進行すると、悪液質(カヘキシ―)という全身の筋量減少、低栄養状態に陥ります。そして、今回の研究結果からそこまで進行する前に慢性的にカロリー摂取不足が生じており、体重が減少していくことが予後悪化のサインであることが分かります。


ではなぜカロリー摂取不足が起こってしまうのか?食事を摂取する入り口は何と言ってもお口(口腔)ですので、お口の健康が重要となるわけです。実際に、中高年の50%以上は歯周病に罹患しており、平成28年厚生労働省の歯科疾患実態調査では「40歳を超えて、全て自分の歯」という人は2人に1人。50歳を超えると61.5%もの人が、歯を失っています。

さらに、加齢とともに口の機能の衰え(オーラルフレイル)が起こってきます。具体的には滑舌が悪くなる、食事の際に食べこぼしやわずかなむせが見られる、かめない食品が増えるといった口腔機能の低下が見られます。このような加齢に伴う口腔機能の低下は、歯の数が減り、口腔機能の速度や動きが悪くなり、かむ力が弱くなり、飲み込む力が低下するというように段階的に進行していきます。これは、骨格筋量や筋力の低下とも関連するとされており、『オーラルフレイル』と呼ばれています。オーラルフレイルになると食事が満足に取れなくなり、食事の偏り、低栄養状態などにつながっていきます(下図、北海道歯科医師会より引用)。

よく「病は気から」と言われますが「心不全はお口の健康から」、心臓の管理は口腔ケアから始めることが重要です。遠い臓器のようで実は身近な関係があるということをご理解頂けたでしょうか。2021年度から新たに創設された心不全のケアに特化した資格「心不全療養指導士」は当院には4名在籍していますが、この資格においても歯科衛生士が対象になっているのもこのような背景があるからです。

人生100年時代の食べる、話す、笑う、さらに心不全の予防には定期的な歯科健診によるお口の健康「健口」チェックから始めましょう!!